ブラスバンドなどの公開講座や管楽アンサンブルの講習などでは講師が指導することを「クリニック」という言葉で表現されることがあると聞いたことがあります。私個人としてはその言葉は誤解され勝ちなレッスン本来の意味を直接的に表現していて、なかなか良い言葉だなと思います。

音楽だけに限らず、教師という存在は、生徒の悩みを聞いたり、問題となる部分(患部)を発見し生徒にとって今最も必要、効果的とされる教材(薬)を与え(処方し)指導(治療)する。それが仕事です。またカウンセラー的な要素もあり、まったく医師と同じような立場であると思います。その意味において、クリニックという言葉は楽器指導にとってもふさわしい言葉ではないでしょうか。
教師とは決して生徒の「お遊び」に付き合い、楽しく戯れていれば良いというような単純な存在ではないと思います。

私の教室にも時々、レッスンを受けるとはどういうことなのか、意味を全く理解しないで入会してくる人がいます。
(そんな人は、思っていたことと違う!などと捨て台詞を吐き大抵すぐに辞めてしまいますが、、)

レッスンを誤解している、あるいは理解していない人が抱く考え方に共通しているのは、まずレッスンは「お遊び」であることを前提とし、師匠とはいつも自分の趣味に合わせてくれる、自分を楽しませてくれる、欲求を満たしてくれる(欲求を満たすのは自分の努力次第なのですが)、そのような存在を教師に期待してレッスンに来るのです。
金を払っているのだから何でも要求を聞くべきだ、つまり教師とは単なる「教え屋」に過ぎない。そんな考えの方が残念ながらいらっしゃるのです。

しかし本来レッスンとは、教師とはそんなものではないはずです。
音楽とは楽しいものではありますが、とても厳しいものでもあります。ある意味
道場でもあるのです。

世間には相も変わらず音楽は楽しければ良いのだ、音楽とは音を楽しむと書く、などといった屁理屈を宣う愚か者がいるが、本来音楽における楽しみとは巨大な山を制覇した時の喜びと同じ。作曲家の意識を垣間見た時に感じる喜びや畏怖の念であって、決してチャラチャラした音の遊戯ではない。
つまり音楽は遊びではないのだ!

柔道でも剣道でもアマチュアだからといって弱くても良いとは思いませんよね?やるからには少しでも上を目指すはずです。同じように音楽でも自分はアマチュアでやっているのだから、この程度で良い、幼稚な演奏で良しというふうにはならないのが音楽です。音楽作品そのものがもっと高度なものを要求してくるのです。やるからには追及できるところまで追及させ、体感させ、一つひとつ克服していくのが本当の音楽の楽しみ方であり、決して生半可、中途半端な気持ちでもって教師と戯れていれば良いというようなものではありません。教師も音楽に対して真摯に立ち向かう生徒にはプロもアマも分け隔てなく教えるはずです。

これは大病と対決する患者とドクターとの関係に良く似ています。
そう思いませんか?

演奏は作曲者との格闘技。いくら良い先生に習ったとしても、結局は作品との闘いとなる相手は演奏する本人以外にありません。結局は自分との対決なのです!そんな闘いを徹底的にサポートしてくれる師匠を見つけるべきです。

これから楽器を習おうとする皆さん。音楽教室(クリニック)を選ぶのはくれぐれも慎重に。選択を誤ると取り返しのつかないことになり(殺され)ますよ!