其ノ六

先程も申し上げたようにバロックの時代、まだまだチェロという楽器は新しく、その張りのある大きな音は当時の人にとってはとても刺激的な音として感じられたことでしょう。ヴィオラ・ダ・ガンバの音が銀の鈴に例えられたようにチェロは多分人の声として当時の人は感じたのではないでしょうか。
人の心がバイオリン族の楽器に傾いていったもうひとつの理由にフレット(ギターには普通に着いていて、楽器の指板に弦と直角に埋め込まれている金属片)の有り無しにも関係があると思います。ヴィオラダガンバをご覧になったことがある方は多分ご存知だと思いますがガンバにはガットで出来たフレットがネックに巻かれています。
それを左指はギターのように押さえて演奏します。その結果出てくる音は澄んだ銀の鈴のような音がするわけです。天国的な美しい音色、言い方を変えると余韻が長く冷たい(ある意味、単調な)音がする。それに比べてバイオリンやチェロにはフレットがありません。フレットがない分、色々な音を指先の肉で同時に押さえることになります。結果多くの複雑な波形の音を生み出し、フレットがないので音と音同士、なめらかに自由につなげることができます。その音は多彩さを極めます。フレットのある楽器とない楽器とでは音色に関してもまったく別の次元の楽器なのです。
色々な波形を含む音、それは人の声に相通じるものであり、それは当時の人も無意識に感じていたのではないでしょうか。
それは鍵盤楽器において、人気は弦を引っ掻いて発音するチェンバロから弦を叩いて発音するピアノに移っていったことによく似ています。
人の音楽に対する興味は単なる天国的な音の美しさから感情の発露へと時代と共に次第に変わっていったのです。
天国でのんびり過ごすばかりでは退屈するものです、たまには下界の毒や快楽も味わいたい、というのが人間というものではないでしょうか?
演奏の場の拡大もチェロの普及に一役買ったことでしょう。宮廷や家庭だけでなくコンサートホールの数も増え演奏の場はますます多様化されていきました。そしてチェロという楽器もピアノと同じように改良が重ねられ、より大きな音が出る楽器になっていきました。
弦に強い張りを持たせ、より大きな音を出すためネックに角度をつけました。そしてその張力に耐えるためより太いバスバー(張力を支えるための梁)は太くて長い物に代えられました。しかしまだまだエンドピンの登場は先の話です。