音楽の楽しみ方は色々あると思います。CDを聴く、コンサートに行く、合奏や合唱をする等々。
もし楽器を上手に弾きたいと思うならまずレッスンに通う必要があるでしょう。

レッスン、
人から何かを教わるということはいくつになっても楽しいものです。

しかし習う方にとっては色々な心構えが必要となります。今日はその辺のことについてお話します。

まず最初にちょっと極端なことを言います。

レッスンとは楽しむものではありません。教えを乞う場です。レッスン場は神聖な道場なのです。

レッスンとは音楽を楽しむ「方法」を学ぶために受ける場であって、決して遊ぶ所ではありません。修行の場です。
レッスンそのものは時には苦しみも伴うということです。また我慢も必要です。その苦しみそのものが喜びや楽しみになればしめたもの。それより大切なのは教師と共に人間としての深い信頼関係を築く、ということです。それが人にものを習うということにおいて最も大きな喜びとなるのです。

楽しむことについて、今は亡きある高名な先生はレッスンの時、よく生徒に怒鳴っていました。「楽しんだらだめ!」と。私はその時、なぜそんなことを言うのか意味が分かりませんでした。
ある時、生徒はレッスンの時ちょっと悪乗りして弾いてしまったのです。ちょっと羽目をはずしたのでしょう。音楽には悪乗りは禁物。傑作と呼ばれる作品に楽しむ要素など全くありません。すべては厳しいのです。それをその生徒は楽曲で遊んでしまった。そこをその先生はちゃんと見抜いていたのでしょう。音楽はアマチュア、プロ関係なく厳しいもの。
私はその先生が怒った真意を最近理解できるようになったのです。

よく、レッスンのあり方を勘違いしている生徒をみかけます。先生とはレッスン時間、自分を楽しませてくれる存在であるとか、酷い場合、自分の好みを教師に強要したりする本末転倒の考えを持つ生徒もいたりします。(大抵、そんな人は習い始めても長続きしないものですが。)

レッスンの楽しみ、
すなわちレッスンの本当の楽しさとはレッスンを受けることによって一つひとつ出来ない事を克服していく喜び、快感、わからなかったことが次々明らかになることへの爽快感であって、決してレッスンの時、自分の好みの曲を弾かせてくれた、あるいは好みの曲を先生が付き合って弾いてくれた、下手な演奏を誉めてくれた、自分のやりたいようにやらせてくれた、などといった安っぽい楽しさではないのです。それらを望むならレッスンを受ける意味が成立しません。

そして、レッスンではまず先生の指示に従うこと(たとえ疑問だと思うことがあっても)、先生の教えを受け入れること、これは当然習う方にとって最低のルールです。
それによって先生との信頼関係や精神的絆が深まるのです。また教師からより多くのものを引き出すこともできるでしょう。

そして本当に音楽で楽しみたければ仲間を募ってアンサンブルを組むとか、アマチュアオケなどのサークルに参加することをお勧めします。もちろん独り自分と対話するように独奏を楽しんでも良いでしょう。