◎ 大作曲家リヒァルト ヴァーグナー。好きな人は熱狂的、嫌いな人は大嫌。ブルックナーやマーラーにもその傾向はありますが、好き嫌いがここまではっきりと分かれる作曲家って珍しいですね。
特にヴァーグナーの自称熱狂的大ファンのことを“ワグネリアン”と言ったりしますが、エイリアンかアイドルの追っかけみたいで嫌な言葉ですね!某大学オケにも〇〇大学ワグネルソサエティなどというのもありますよね。皆、熱狂的なヴァーグナーファン達です。
しかしこの作曲家の作品に何故ここまで好き嫌いの差が出るのでしょうか。
ヴァーグナーの作品における表現方法はあくまでも大衆的な受け狙いに徹しています。大衆から受けようとする執念深さやその一途さが大きければ大きいほど、それが一部の聴衆が求めるものと合致した時には大きな共感を呼び人を引き付け、熱狂的にさせるのではないかと思います。
彼は自分の作品に合わせて歌劇場まで作ってしまったことをみてもその執念深さはわかります。現代に至るまでバイロイト音楽祭はヴァーグナー家の一族で運営されていたことでもわかるように、とにかく執念の固まりのような一族です。

彼の作品そのものは演奏者による色々な解釈を挟む余地は一切与えません(考え方によっては演奏は楽だとも考えられます。何せ解釈する余地がないのですから)。演出こそ最近では色々な演出家が行うようにはなりましたが、以前はヴァーグナーの子孫の演出が主流でした。
彼の作品には他の作曲家にあるような作品、演奏者、聴衆三つの個性のバランスによってひとつの作品が完結するという要素が希薄なのです。彼の作品は純粋に演奏することだけによって完結します。常に一方的、または強引だとも言えるかも知れません。聴く方は音楽のシャワーを浴びるだけ。その強引さが嫌いな人には堪えられないのです。

彼の作品に対する関心は、いかに聴かせてやったかという自己満足およびそれからくる名誉、興行収入くらいのものでしょう。彼の興行にたいする執念は凄まじく、聴衆を満足させるためにはあらゆる手段を講じたのです。彼には金にならない室内楽作品など全く無いのをみてもわかります。
より面白いものを見せて喜ばせてやろうとする態度は現代の娯楽映画や大衆演劇、ミュージカルと立場的にはそれ程変わりません。
それは女好き、派手好き、浪費家、物欲まみれ、そして何よりも自分自身が大好きなナルシストのヴァーグナーが成せる業。彼の魔力はバイエルン王やヒットラーでさえもイチコロにしました。
その一方的で強引な態度が好き嫌いの差をはっきりつけるのだと思います。単純にどの作品もメロディーが美しい、単に美しいというだけでなく人間の本能に訴えかけてくる。ある意味で麻薬的な魅力、その陶酔感に“とろける”という言葉が彼の音楽にはピッタリでしょう!

一般的な傾向としてはドM(超マゾヒスティック)の人が彼の作品が持つ魔力に嵌められてしまうのではないでしょうか?もちろんヴァーグナーは超ドS(超サディスティック)な性格の持ち主だったと思います。

演奏家として私は嫌いな作曲家などいませんが、個人的には彼の作品は大好きです!!名歌手の演奏をDVD等で見ていると歌わせ方の勉強にもなりますものね。とにかく楽しめます。

ヴァーグナーの作品はどれも長くてどうも苦手という方は、優しさに溢れた「ジークフリート牧歌」や「ヴェーゼンドンクの五つの歌」を聴いてみてください。 短くて聴きやすく、ヴァーグナーのエッセンスで溢れています。また彼の優しい別の面を見ることもできますよ。