大人になってからチェロを始めようとする人を教える時、教える側としていつも苦労することがあります。
 
それは音の高低をどう判別させれば良いのか、いかに「ある程度」正しく音程を取らせるかということ。例えば、音のズレがわからない、つまり合っている音程とずれた音程の差がわからない、極端な場合、半音くらいずれても全く気がつかない。アマチュアでこんな方は時々いらっしゃいます。
それまである程度、他の楽器をやっていた人なら比較的問題は少ないのですが、楽器はまったく初めてという場合に多く見られます。こんな場合はかなりの耳の訓練が必要となります。というよりもこのような生徒を含めて大人の生徒の場合、左手の指の位置をいかに覚えさせるのか(音に関係なく)にかかっているのかもしれません。
 
ピアノはキーをたたけば正しいピッチで音は鳴ります。管楽器でも運指通りに指を置けば、ある程度は欲する音に近い音高は得られるでしょう。しかしチェロをはじめとする弦楽器はそうは参りません。自分で音を作りださなければならないのです。
そのためには正しい位置に指を置く必要があります。正しい位置に置くためにはしっかり音を聴かなければならないということは言うまでもありません。しかし音の観念がない人に音の高さを実感させることほど困難なことはありません。そこで大人の場合、音程よりもまず指の位置を覚えさせるのが先決なのです。まあ、実際には正確な音の高さなどよほど正確な絶対音感がある人でなければ正確には判別できないでしょう。アマチュアなら「ある程度」我慢できる範囲内の精度で良いわけです。もちろん「音楽的」には正確なことに越したことはありません。 実際にはひとつの音の高さなど、ある音を基準にした場合、その音または和声によってどんどん変化していきます。絶対に正しい音の高さなどありません。ですからひとつの基準音でのただひとつ音高しか感知できない、あるいはそれ以外の音高では不快に感じる絶対音感の持ち主が弦楽器や管楽器を弾こうとすれば、本当に美しい音程での演奏は非常に困難なのです。
 
 
では、「ある程度」音を正しくとる練習をするわけですが、どうすればよいか。
 
練習方法としてまず考えられるのは単純ですが同じ音を取らせることです。開放弦と同じ音を取らせる。次にオクターブ、つまり8度の音程を取らせる。これらは私のレッスンでも常に行っていることでもあります。
またこれらはどんな未経験者でも聴き分けることができるでしょう。少しの違いでもずれていれば濁っていると感じとれるはずです。慣れてくれば5度、さらに3度へと。
 
しかし「感じとれるはずです」とは言うものの、現実はかなり異なります。冒頭でも申し上げましたが、開放弦と隣の弦で同じ音を取る時、少しどころか半音近くずれていても、そのズレがわからない、又はどちらの音が高いか低いか、その違いすらわからない。という方は時々いらっしゃるのです。
オクターブが「ある程度」正しく取れない、少しのずれが聴き取れない人など沢山います。
 
何度も「ある程度」という言葉を使いますが、本当に正確な同音やオクターブの音程を瞬時に感じて取ることは初心者にはとても難しいので、あえて「ある程度」つまり我慢できる程度という意味でこの言葉を使っています。
 
まず、これら同音とオクターブが聞き分けられるようになることが、音程感覚を身につけることの第一歩だと思うのです。これができない内は純粋な5度や4度、さらに3度や6度を聞き分けるのはほぼ不可能でしょう。
ではいかに、「ある程度正しい」音程で弾けるのにはどうすればよいか?
 
そこで無意味な苦労を避けるためにも、あっさりと物理的な小道具に頼るほうが得策ではないかと思います。(最近、特にそう思うようになりました。)
 
その小道具はとは何か?
 
指板にテープを貼ったり印をつけることです。(ネックの裏に印をつけている人を時々見かけますが、これは意味がありません。親指の位置は変化するものだからです。)
この印をつけるというこのポピュラーな方法はもちろん子供に対しても様子を見ながら慎重に行いますが、どうしても音が取れない大人にも効果が期待できます。
 
実際の方法として、まずファーストポジション1の指(人差し指)の位置に印をつけ様子を見ます。1の位置が決まれば、かなり全体的に音程は安定するものですが、それでも他の指が不安定なら3の指(薬指)の位置に印をつけます。2と4はそれぞれ1や3に対して半音ですので目測で置くことができます。(写真1)
 
印の材料として私が勧めるのは、よく百均などで売られているポイントマークです(写真2)。これは小さくて目立たないので重宝します。ピンセットやつまようじで簡単に貼ることができます。
 
重要なことは、この方法はあくまで視覚で安易に音を取る方法であり、弦楽器独特の性質である、自分で音程を作り出すという概念からは大きく異なる方法である、あくまで便宜的な方法であるということは言うまでもありません。
 
そして何よりも大切なのは手が(身体が)その音を取ることに慣れてくれば必ず印を取り外さなければならないということです。さもなくば印という視覚に頼って弾く習慣が身についてしまうということにもなりかねません。
 
しかしいくら取り外しても、人の指は手のひらの中心に向かって閉じようとします。
したがって音程も次第に悪くなってくるでしょう。
その時はその時でまた貼れば良いのです。
その繰り返し、そのうち正しい音程で弾けるという可能性もなきにしもあらず。まさに教える方も習う方も根気、根気です。Effect_20171116_060447Effect_20171116_061532