発音は命

まず、マルセル・モイーズの発音を考えてみましょう。
オーソドックスなフルートのタンギングは舌を上の歯の裏に当ててTUUーまたはTOOーのように発音します。
ところがモイーズのタンギングは全く異なるのです。
まず顎を落として、舌の先端を両唇から出し、その舌の先に付着した異物を吹き飛ばすようにして、息を吐きます。プッとかポンという音がします。
モイーズはこの発音と従来のタンギングを見事に使い分けているのです。
現在この奏法を実績しているフルート奏者は殆どいないのではないでしょうか。
モイーズの崇拝者であった故吉田雅夫氏が最後ではなかったかと思います。

TUUとかTOOのタンギングではどうしても音の立ち上がりが悪く、フレーズの輪郭がぼやけてしまいます。特にTUUの発音では顎が上がり、口腔が狭くなってしまい、響が損なわれます。これはリコーダーにも共通しています。

次にチェロの場合で考えてみます。
発音を明確にするための奏法を確立させたのはカザルスだといわれていますが、どんな弾き方だったのでしょうか。それは弦を押さえる時、弦を“叩いて”発音を助けてやること。
また左指を上げる時、弦を“はじく”こと。この時むやみやたらと叩いたりはじいたりしてはいけません。
ここが素人の陥りやすい問題です。常に度合いを考慮し指先に目がついているかのように的確に的を狙うように行われなければならないのです。

カザルスのレッスンを受けたことがある林峰男先生もレッスンの時はいつも“もっと叩いて!”と怒鳴っておられたのを覚えています。

私達は音の良し悪し、音の個性、音質をどこで判断しているのでしょうか?
それはまず音の立ち上がり、そして音をいかに終わらせるかです。
ある実験で、テープにチェロとサックスの長い音を録音し、音の立ち上がりと終わりの部分を削除して被験者に聞かせる。するとたいていの人はチェロとサックスの音の違いがわからなかったといいます。この事実からみてもいかに音の立ち上がりが重要であるかが理解出来ますね。
 
以上のような意味から、アタックつまり発音とは音の命とも言えるのです。