◎ 1 原典版とは?

より良い楽譜を求めるのは良心的な演奏家にとっては当然のことです。
そこで最近注目されているのが原典版という種類の楽譜です。
数十年前までは一般的に名演奏家の考えを強く反映させた楽譜が主に使用されておりました。その頃までアメリカを中心に作品は演奏者のパフォーマンスを助けるための道具に過ぎないという考え方が中心でしたので、作曲家の意図を生かすことなど二の次だったのです。音楽界は後期ロマン派の“演奏第一主義”の余韻を色濃く残していました。
やがてヨーロッパに於ける古楽の発展発達、又は古い時代の演奏法を見直す機運が高まるにつれて楽譜も次第に原典譜が見直されるようになりました。同時に作曲者の意図を考察する機運も高まってきたのです。モーツァルト生誕二百年記念の1956年から始まるモーツァルト新全集発刊を契機として、現在も次々とG・ヘンレやベーレンライター社などによる原典版の出版は盛んに行われております。

まず楽譜に於ける原典とは何か?
まず第一に重要なのは作曲家が書き下ろした楽譜そのものと写譜家が写した写譜、次に初版の楽譜、初演に使った楽譜(これは作曲家の演奏に対する指示が書き込まれていることが多く貴重な資料です)。その他、作曲に使ったスケッチなどがあげられます。二次的に考えると作曲家が出版社などと交わした手紙も重要な資料と考えられます。

それらを総合的に精査しまとめ上げ出版された物がいわゆる原典版といわれる楽譜です。音楽をする者にとってはなくてはならない重要な楽譜です。

しかしこの原典版にも多くの問題があります。
まず考えられるのは資料を見る学者によって見方にかなりの差があるということ。
これはベートーベンなど自筆譜の他にも資料が多い作曲家によく見られます。また彼のように悪筆で写譜と自筆譜にかなりの差がある場合にも起こり得る問題でもあります。
これらをどこまで信用すればよいのか、少なくとも演奏者は市販された楽譜を頼らざるを得ないのです。
理想的には出版されている全ての楽譜を検討するしかありません。自筆譜のファクシミリは極限られた物しか手に入りませんから、やはり頼りになるのは原典版でしかないのです。
そこで求められるのは最高の原典版です

続く