音の立ち上がりと音の切れ際ほど楽器演奏や歌を歌うことにとって、大切なものはありません。それが奏者の気持ちをうまく聴き手に伝えられるか、伝えきれないかの分かれ道ともなるからです。
 
例えば、いくら練習しても上手くならない、大抵の場合は音程もそんなにはずさない、細かくて難しい部分もある程度間違わずに弾ける、にも関わらず上手く聴こえない、ということなどないではないでしょうか。
そんな時は大抵、音の立ち上がりが不明瞭、つまりいい加減であったり、適当で気持ちが入っていないということが原因です。また音の切れ際も適当であったり乱雑であったりすれば全体の印象を酷く損ないます。
音の立ち上がりとは、ダウンボウ(下げ弓)やアップボウ(上げ弓)で弓を弦に着地させる時だけではなく、音が次の音に移行する時すべてを指します。音の切れ際とは曲の終わりの部分だけではなく、フレーズの切れ際、や変わり目も含みます。
 
往年の名演や現代の名演、歌でも楽器演奏でもオーケストラであっても、それらを聴いていてまず私達を感激させるのは、音の多彩さでしょう。しかし我々が上手い、凄いと感じる(イメージとして受けとる)ことのほとんどは切れ際を含む音の立ち上がりなのです。
 
以前にもお話しましたが、録音で、ある長い一つの音の立ち上がりと音が切れる瞬間をカットして人に聴かせると、聴かされた人には大抵その音が何の楽器で演奏されているのかが区別ができないそうです。それほど人は無意識に音の始まりと終わりで音楽の質を判断しているのです。
人の話し言葉もそうですね。
ろれつの回らない人や口をあまり開かず喋る人の言っていることが理解しにくいのは、まず言葉の立ち上がりや次の音節への繋がりが不明瞭だからに他なりません。
 
以上のように、もし本当にきれいな音で弾きたければ、音の初めと終わりを細心の注意をもって弾けるように心がけるべきです。
人は音の初めと終わりで、その演奏のイメージを決定付けているからです。
 
では、きれいな音で弾ける最も簡単な方法をお教えしましょう。
 
それは、弾く前にブレスをしっかりと取ることです。
ブレスとは、よく小さな子供が「サン、ハイ!」というかけ声で歌を歌いますよね?
 
あれです。
 
あれが音楽には絶対大切なのです。
そのブレスの質で音質が変化します。というか、音楽に生命が吹き込まれるのです。
 
すべてのスポーツにおいても、必ず予備動作を伴いますよね?
あれが音楽におけるブレスと全く同じ動作なのです。その助走などの予備動作の質は記録に大きな影響を与えます。
競技でしっかりと記録が出た後も注目に値します。野球ではホームランを打つ打者の動きを見ても実に美しいものがあります。狙いすまして打つ。ボールの飛距離を確認したようにバットを振り抜く。実に美しいですね。マラソンのゴールでも感動するのはそのフィニッシュのしかたにもあると思うのです。いつも余韻がある。この瞬間に今までの死闘が成就します。時々、ゴールしたとたんに倒れこむ人もいますが、美しい余韻にはかわりがありません。音楽も全く同じです。余韻、つまり音の切れ際でそれまでの苦労が報いられるのです。
 
もし、今現在なかなか美しい音で弾けない、または美しく弾ける自信がないと思っている方は、今習っている先生に
音の立ち上がりと終わりをしっかり聴いていただきましょう!それが指摘できるのは良い先生です。
 
 
最後に、最近私が聴いたCDで、音が美しいなと感じたものを紹介します。
掲載した写真にもありますように、ムジカ・アンティクァ・ケルンによるバッハの「フーガの技法」とクイケンカルテットによるハイドン「十字架上の七つの言葉」。どちらもかなり前から出回っている物みたいですよ。
 
KIMG0767KIMG0769