◎其ノ五
イメージトレーニング

演奏するうえで大切なことは常にその曲に対するイメージを持つことです。勘と想像力を働かせなければなりません。

ここでのイメージとは、五感で感じたものプラス第六感で感じたものを全てを含むイメージということです。

特に二人以上オーケストラに至るまで、アンサンブルをやるときは、相手の心の動きまで読み取る読心術までが必要になってきます。決して相手に無関心では済まされません。

曲の出だし、これは特に重要です。
相手の気配を感じる能力や勘の鋭さが要求されます。
その曲から受けるイメージでその曲を初められるように開始を迎えましょう。
俳優がドラマや舞台の期間中、その役割に成り切るように、音楽においても、曲が始まる前から役に成り切ることが大切だと思います。曲が始まってから、いくら役作りをしても遅いのです。
また曲の途中で雰囲気がガラッと変わる時も同じで、もし休止苻があれば、次の役に備えるため、それを最大限に利用します。その意味でも休止苻は休みではないということがわかると思います。もし休止苻がない場合でも、雰囲気が変わる次のフレーズのために、前のフレーズの終りは軽く流しておくことが重要です。

音楽が進行すると、いろいろドラマはありますが、後はその流れに身を任せます。相手の気配は常に感じて。
そして自分が演ずるドラマの役割を少し高い所から眺めるのです。少し難しいですが、役に成り切っている自分を冷静なもう一人の自分が眺めている、そして曲全体を高い位置から俯瞰している感じ、例えば臨死状態にある人が高い所から苦しむ自分を覚めた目で眺めている感じ、とでも言えるでしょうか。
常に二つの自我が同居している状態をイメージすることです。
つまり音楽に熱く没頭している自分と、冷静な自分がいつも同居している。
又は劇中劇を眺めているイメージを持っても良いかも知れません。
そんな状態が理想的な演奏の姿だと私は思います。

私は演奏中、没頭している一人の自分は、前から来る時間の流れの中を風を切って進んでいるようなイメージを頭に描きます。

演奏後は演奏に没頭していた自分を、覚めた目で眺めていた自分が見送ってやりましょう。劇中劇の幕を引いてやるということです。
でも劇はまだ終わってはいません…
再びもう一人の心に帰っていくのです。

これがベートーベンが音楽の在り方を言った“心より出、再び心に帰らんことを”の本当の意味ではないか、と思ったりするのです。

終り