DSCN0106DSCN0105こうして、このツューリヒのようなドイツ語圏スイスの古都を歩く度、いつも思いますが、もしも、ドイツの大都会の街が戦争もなく、戦争ですべてが徹底的に破壊されることが無かったとしたら、このツューリヒの街と同じような美しい町並みだったであろうに、とつくづく残念に思うのです。いや、ツューリヒよりももっと絢爛豪華で美しい街が多かったのではないでしょうか。何しろかつてドイツは沢山の王室、王国によって力や美を競い合っていたのですから。しかしドイツの主要都市は、市民の手によって正確に復元されたとは言え、ほとんどの街が、全く新しいく生まれ変わった新しい街であるということには変わりがありません。失われたものは、決して戻ってはこないのです。
これは日本にも全く同じことがいえます。空襲で炎上する名古屋城の写真など正視出来るものではありません。
度重なる戦争の危機にさらされながらも、国民の力でかろうじて守り抜いた美しいスイスの街を見つつ、いにしえのドイツを思うなんて皮肉なものですね。戦争など、あってはなりません!

また機会があれば今回行けなかったツューリヒの裏山、ユトリベルクやツューリヒベルクのハイキングに、更にルツェルンやベルン、バーゼルなどの古都をご一緒に歩いてみたいと思います。

さて、帰りはオペラハウス近くの国鉄シュターデルホーフェン駅裏手の小道を通り、イングリッシュ教会の横を下ってツェルトヴェークからヴァーグナーハウス(エッシャーハウス)の角をシュタインヴィース通りを北に。
午後5時30分。
やっとシュトゥデンテンハイム“OASE”が見えてきました。
お腹がすきましたね。夕飯が待っていますよ。
お疲れ様でした!

ツューリッヒ散歩 完