◎5 音=触覚?!

人は身体のあらゆる器官を駆使して物事を感じ取ろうとしています。その中でも触覚は人間の中でも最も根源に迫る原始的な感覚だと思うのです。原始的な動物では触覚だけで行動しているものも多いことを見てもわかります。

人間においては視覚や聴覚は一度理性というフィルターを通してから、それが自分には有益かそうでないかを判断してから認識し行動します。常に意識の働き掛けがあるのです。例えば見えていても何も見えていない、聞いてはいても何も聞こえていない、ということはよく経験することですね。常に、今、自分が聞きたいか聞きたくないか、見たいか見たくないか、すなわち聴覚や視覚の認識は常に好みという高度な意識的判断に委ねられているのです。しかし触覚はという感覚は意識するしないに関わらず直接精神に働き掛けます。痛い、熱い、寒いなど人の生命に関わる重要な感覚だからです。
ある状態を聴覚や視覚で感じようとする時、触覚という感覚を伴っていると、その状態がより印象的に精神に刻み込まれやすいということがあると思います。音楽を聴く時はただ聴覚だけに頼っていると思われがちですが、意外と聴く人にとっては音色に対して“肌触り”つまり触覚として音を感じているのではないでしょうか。音楽が風として頬を撫でる、この音は肌触りが良い悪い、音圧を感じる、音楽を肌で感じて、など、私達は無意識の内に音楽を肌で感じているのだと思います。
ですから、音楽を単なる空気の振動として即物的に捉える人と、肌触りなど根源的な感覚と共に捉える人とでは演奏をすれば音色にはかなりの差が出るはずです。

音楽は音だけではないという意識を常に持つべきです。
音楽を肌で感じる。
なんて素晴らしい言葉なのでしょう!

では現実に戻って実際に触覚を弓の保持の面から考えてみます。

やはり弓の保持を具体的に弓を“支え持つ”という感覚だけでは音楽的には良い音はしないものです。
左手の働きを弦長を変え音程を取るだけの動作と捉えることとまったく同じです。

常に指は弓の材質を感じ、弓の凹凸を感じていなければなりません。その結果、弓は命を得た動物のように自由に動き始めるのです。弓の自由な動きを阻害してはなりません。
ですから、弓はしっかりとは持つのですが決して握りしめてはならないのです。
この場合でも左指と同じように指の腹の感触は大切です。特に中指、薬指の触覚の敏感さは大切です。
現実的には指の乾燥は良くありません。
こんな時、指を少し舐めて湿らせてやると感覚は蘇ります。
物をよく見る時に眉に唾をつけたり、よく匂いを嗅ぐ時に鼻を湿らせたりする動作です。その時の感触をよく覚えておくことが大切です。

このようにしてチェロを触覚的、感覚的に捉えて演奏してやれば、音楽を理屈だけではなく、もっと根源的に精神に訴えかける音として感じ取ることができるのではないでしょうか。

これで明日からあなたもチェロの名手の仲間入りです。

終わり