トリスタンとイゾルデ

話は少し脇道にそれますが、1966年バイロイト音楽祭で上演された“トリスタンとイゾルデ”について少しお話しさせていただきます。
この公演は、世紀の名演と言われるほど当時のヨーロッパ中の話題を独占したもので、これ以上の演奏は恐らく不可能であろうとまで言われました。
バイロイト音楽祭とは皆さんご存知のように、毎年夏、南ドイツのバイロイトで行われる、ヴァーグナーの作品のみを上演する音楽祭です。ヴァーグナー自身によって創始されました。
この音楽祭で演奏された1966年の“トリスタン”、現在でもCDで実況録音盤が売られていると思いますが、凄過ぎるの一言です。クラシックマニアに言わせば、そんこと、誰でも知っていることで、何を今さら、と言われそうですが、まあ私の話も聞いて下さい。
歌手は勿論ですが、まずオーケストラの音が素晴らしいですね!
音楽祭管弦楽団は常設のオーケストラではなく、ドイツやオーストリアのオーケストラからピックアップされたメンバーで演奏しているそうですが、それでいてあの一糸乱れぬ演奏が出来るということは、まさに奇跡としか言いようがありません。指揮のカール・ベームの力量の表れなのでしょう。
半音階的進行の、あの凄まじい緊張感は一体どこからくるのでしょうか。あれは衝撃としか言いようがありません。半音の幅に意味が伴われている。難しい言葉で言えば、大半音と小半音の使い分けが見事。一人で弾くならまだしも、オーケストラでこれをやるとは、まさに奇跡的。
半音階の音程の幅はけっして常に一定とは限りません。もし、それを一定の幅で弾いてしまうと。それはサイレンの“ウーゥー”という音と同じ。もはや音楽の音ではなくなってしまいます。
それを音楽的に見事に全員でやっている。
カール・ベームの練習は厳しいことで有名ですが、一体どんなリハーサルをすればあの素晴らしいピッチと結束力ある演奏は生まれるのでしょうか。
前奏曲、出だしのチェロの長いクレッシェンド、あれはまさに慟哭です。聞く度に胸が掻きむしられる。
最後のクライマックス、ビルギット・ニルソンが歌うイゾルデの“愛の死”
あの歌を聴いた後は、もう放心状態!しばらく何も考えることができなくなります。そこには理屈を超えた感動があるのみ。

3時間も歌ってきて最後の最後にあの大アリア、そして深い感動を与える。ビルギット・ニルソンは神です。いや、全てのスタッフの気持ちがヴァーグナーの音楽を中心として一つになった結果、各自がより一層の力を発揮し素晴らしい演奏になったのでしょう。
感動的な場面で、ベームは涙を流しながら指揮をしていたそうです。