リヒァルト・ヴァーグナー

反ユダヤ主義者、政治には口を出す、浪費家、借金魔、無類の女好き(よくいえば恋愛の達人)等々、ヴァーグナーのイメージは、あまり良くない物ばかりですね!
しかし自分はこうだと思えば、妥協は絶対許さない。という意思の強さを持つ。実際、人の話は絶対聞かなかったそうです。何でも手に入れなければ気が済まない(たとえ人の女房でも)、手段を選ばない、性格的にはねばっこく胆汁質。凄い執念深い人物、というか変わった人物だったのではないでしょうか。
そうでないと、“ニーベルンクの指輪”をはじめとする、ユニーク(執念の塊のような)なあの大作群は完成させることなど出来なかったでしょう。

彼がツェルトヴェーク(エッシャーハウス)に滞在している頃から、ヴァーグナーの音楽に心酔していたヴェーゼンドンクの妻マチルデは 足しげくこのアパートを訪れヴァーグナーと芸術論を戦わしていたそうです。ヴァーグナーは彼女のために五つの歌曲を作曲して彼女に捧げます。いわゆる有名な「ヴェーゼンドンクの歌」はこのような状況下で出来上がります。こんな贈り物をされて落ちない女はいませんよね。
なお、この曲は“トリスタンとイゾルデ”の雛型とも言われています。
背は低く、顔は大きい。しかしどうして彼はそこまで女性にモテたのでしょうか。やはり恋のためなら何でもする、という“まめ”さや優しさがあったのでしょう。これはどの時代にも共通する、モテる男の条件なのかも知れませんね。それに加え、ある種独特な雰囲気や強いオーラがあったのでしょう。

彼はやがてヴェーゼンドンク夫妻の邸宅のアジール(離れ、隠れ家)に住むことになり、二人の関係は不倫という形に発展してゆくのです。この屋敷で“トリスタン”は書き始められました。トリスタンをヴァーグナー、イゾルデをマチルデ、マルケ王をオットーに擬えていたとか。この恋愛が音楽に結実したのは確かでしょうが、夫“オットー”には迷惑な話ですね。
しかしその後、この不倫関係はヴァーグナーの妻ミンナの知るところとなりマチルデの夫“オットー”を巻き込み四角関係にまで発展するのです。もうグチャグチャですね!結果として当然、ツューリヒには居られなくなってしまいます。とにかく破天荒というか、何かにつけて凄い人物です(彼を取り巻く女性達を含めて)。私のような淡泊な日本人にとって彼等の情交話は、もう“しんどい”というか面倒臭いだけです。
ツューリヒを後にしたヴァーグナーはヴェネチアに行き、8ヶ月後、彼は再びスイスに戻ってきます。さすがにツューリヒには戻りにくかったようで、ルツェルンのホテル“シュヴァイツァーホーフ”でこの大作を完成させました。
現在ヴェーゼンドンクの邸宅はリートベルク美術館といって、東洋美術専門の美術館となっています。