◎ スイス バーゼルの旧市街、ライン河岸から程近い所、クンストハウス(バーゼル美術館)に“その絵”はあります。

ロダンの彫像(カレーの市民)が出迎える中庭を抜け、入口に到着。幅広い大階段を2階に上がる。この階段を上がる時‥期待感は最高潮に!

階段を上がって左へ。何気なく廊下のような窓をカーテンで遮っただけの薄暗く殺風景な通路に沿ってアルノルト ベックリンの作品群は展示されています。
中には彼の代表作「ペスト」の絵もありますが、真っすぐ「死の島」の元へ…。

ありました!

遠くから見てもやはりこの絵が醸し出す異様な雰囲気は漂ってきますね。
また、その展示方法のなんとさりげないこと!照明もカーテンを透した窓の穏やかな光が中心。時刻や天候によって絵の表情が刻々と変化します。
 このような展示方法はかえって鑑賞者の作品への集中力を高めイマジネーションを掻き立てます。素晴らしく効果的だと思います。

ベックリンについて日本ではその名は同じくスイス出身の画家フュッスリ(フュースリー)とともにそれほど知られてはいないのですが、この絵を見れば誰もが、ああ、あの絵の作者かと思い出すことでしょう。

見た後は不思議な気分になる、というか、見た後は周りの景色が妙に違って見える。とにかく暗く陰欝な絵なのです。
実物はそんなに大きくはないのですが、物凄い迫力に満ちています。
画面の内容そのものは静寂そのものなのですが、その不気味な静寂さがかえって迫力となり見る人の不安感を誘う。色々なことを考えながら見ていると自然に絵の世界へと引きずり込まれる。
一度見たら絶対忘れられない絵というのはこの作品のような絵のことをいうのでしょう。

船首に棺を載せた小船には白装束の人物が乗っている。今まさに画面の中心部を占める島に渡ろうととしているところです。海でしょうか、湖でしょうか。水面は黒く鏡のようにただただ静か。島には死を意味する糸杉が黒々と繁り、岩肌には墓穴でしょうか、大きな穴が穿たれています。ひょっとしてこの島は霊界なのかも知れません。
白装束の人物は一体誰なのでしょう。亡くなった人の守護霊、それとも亡くなった人の亡霊?

この作品を見た時の気味悪さは、高い熱に浮され悪夢にうなされる時、わけのわからない恐怖感に襲われる事ってあるでしょう? ちょうどあの感じに似ています。
ラフマニノフがこの絵を見て衝撃を受け、その時受けた衝撃を交響詩「死の島」で表現しようとしましたが、その気持ちがよくわかります。

ほかにもこの美術館には衝撃的な絵があります。ハンス ホルバイン(子)の代表作「墓の中の死せるキリスト」が所蔵されているのです。
この作品は死後三日目、腐敗し始めたキリストの遺骸を描いているのですが、そこにあるのは美化された聖なるキリストの姿ではなく、今や情けなくも口をだらしなく開け、虚に眼を見開いた腐りかけの元はキリストと呼ばれた醜い骸(むくろ)。
大きさはほぼ等身大。死斑というのでしょうか、それも正確に描かれています。死臭が漂ってきそうです。

面白いのは絵全体が横たわった遺骸だけしか描かれていないこと。他の物は一切描かれていない。ですから絵は横に長く、ちょうど目の前でキリストが横たわっているような形になっているのです。
本物の死体を見ながら描いたとしか思えないリアルさです。
敬謙なクリスチャンがこの絶望的なキリストの姿を見ればどう思うのでしょうか?はたして復活の話を信じることなどできるのでしょうか?

キリストも人間である以上、死ねば単なる遺骸という“物”になるのだ、というホルバインの強いメッセージなのかも知れませんね。

凄まじい絵!
ドイツルネサンス期にこんな絵が描かれたとは驚きです。

この二つの作品を見るだけでもバーゼルの街を訪れる価値はあります。

美術を堪能した後は、ラインに面したレストランのテラスでちょっと一息、美味しいヴァルテックの生ビールで乾杯しましょう!