◎ チェロを弾いている方で左小指が弱いと悩んでいる方がたくさんおられます。私の生徒にもそんな悩みを持ち、そんな時、小指をどうやって鍛えれば良いか、訓練法を聞いてくる人が時々います。
まずこの悩みに対する有効な解決法などないということが断言できると思います。小指をことさら鍛える必要などありません(俊敏さを鍛えることは必要ですが)。弱いことが小指のキャラクターだからです。
小指の弱さ(実際は決して弱くはないのですが)はあくまでも人体の必要性における個性、すなわち人体の役割からくるもの。一見弱いと見えることこそが小指の役割。細くて弱い意味だからです。実際、人は小指は弱いものだと錯覚していることが多いもの。
小指の付け根には親指の付け根と並ぶ非常に強靭な筋肉があります。この筋肉で物をしっかりと握るのです。親指より強いかも知れません。つまり小指は手や腕、及び身体全体のバランスをとっているのだと思います。
例えば物を持ったり握ったりするときなど小指無しには重い物など持てないはずです。ゴルフのクラブや野球のバットも握ることすら困難ですし、小指をあげて歩いたり走ったりすることはとても苦痛を伴いまです。身体のここ一番という動きには小指の繊細な働きが不可欠。もしも小指が親指のように太くて強ければどうでしょうか?身体全体のバランスを欠いてしまうでしょう。
身体には小指の繊細さが必要なのです。
普通に物を握るだけの力があれば十分。
必要なのは各指のバランスだけです。
猫の動きを見れば、しっぽを実に巧に動かして身体全体のバランスをとっている事がわかります。
動物には何のためにしっぽなど邪魔なものがあるの、と思うものですが、例えば足場の悪い所を猫がしっぽを振り振りバランスをとりながら渡っていく姿など見ると、しっぽが存在する意味がわかり感動的でもあります。人間の小指もあのような感じではないでしょうか。つまり各部がお互いに支え合っているのです。
そうはいっても、チェロ弾きなら、自分の小指が人差し指のように太くて強ければ、あるいは指全体がグローブのように大きければと思うのが人情です。
でもチェロ演奏には小指にしかできない繊細な役割や表現があるはず。むやみに小指を鍛えるトレーニングなど無意味どころか身体にたいして弊害があります。腱鞘炎などにもなりかねません。
指全体のバランスも崩れます。
指を鍛えるという名目でコスマンなどのエチュードを練習する人がいますが、あれは大間違い。コスマンなどのエチュードはあくまでも音程の良さ、各指を独立させ指の俊敏さを養うために使われるべきものです。
小指がもしも他の指と同じように太くて強ければ繊細な表現など絶対に有り得ません。
ではいかにすれば小指の働きを活かすことができるのか?
一般的にどうしても小指だけを鍛えてしまうものですが、強さだけで考えると最善の方法は、小指の強さに他の指を合わせるのが最も良いのです。左手の場合、強い人差し指や中指を中心として考えるから小指の弱さだけが浮き立ってしまい、その働きが見えなくなってしまうのだと思います。ポジションなども薬指や小指を中心に感じて取っていくというのもひとつの方法ではあると思います。
ボウイングにおいても右手小指が弓から離れてしまっては絶対ダメなのです。しかし決して握りしめてはだめ。
我が師匠、林峰男先生も、小指を弓から離してはだめ!小指は自分の子供のようなもの。いつも自分の側に置いて気をかけてやらなければならない。さもないと子供はすぐに“ぐれて”しまうのだから。弓も不良娘のように、あちらへフラフラ、こちらへフラフラしてしまうのだ、と言っておられました。
カザルスやピアティゴルスキーなど往年の名手達の写真を見ると皆、小指でしっかり弓を支えていますよね。それでいてしなやか!
小指が弓の動きを先導することもあります。
チェロ演奏における小指の働きって何でしょうか。
一言で言って、優しさによる強さでしょう。
母親のような感じ。
つまり優しく家族を包み込んでくれる存在ではないでしょうか。親指は皆を牽引する大黒柱です。
チェロ演奏における右手と左手は親指がお父さんで小指がお母さん指ではないかと思うのです。
とにかく自分の身体の各パーツの役割を知り実感すること。これが最も大切なことではないでしょうか。何でもかんでも強ければ良いというものではありません。
終わり
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