、アマチュアの演奏家が、自分達は下手なので一曲仕上げるのにとても時間がかかる、と言っているのを耳にします。つまりプロのオーケストラのように二回や三回の練習で一回のコンサートをでっち上げることなどとてもできない、という意味で言っているのだと思いますが、私のようなプロの演奏家にとっても本当は一曲にかける練習量は膨大なものなのです。また膨大であるべきです。

例えば、バッハの無伴奏チェロ組曲などを見てごらんなさい。あの曲など、初めて楽譜を見て、さあ弾いてみようとしても、表面的には何となく聴いた風にそれらしく聴こえるかもしれません。技術的にはそれほど難しいものではないからです。しかし、それでは本当の音楽にはならないものです。聴衆の耳はごまかすことはできるかもしれませんが自分の心までごまかすことはできない。それがバッハの難しさであり、その音楽が生涯の課題、あるいは生きる糧にもなる所以でもあるのです。バッハの本当の良さは少しくらい弾いてもなかなか理解できないものです。バッハだけに限らず、名曲や傑作といわれる曲にはそんな曲ばかりです。
したがってその音楽を掘り起こし探りだし、なんとか自分なりに納得できるようになるには当然多くの手間と時間が必要になるのです。
とにかく何度弾いてもその都度新しいものを発見できる、それが傑作。
また、技術的にはたどたどしくてもその不備を通り越して光輝くものが多いのが本当の傑作なのです。
その根気の要る作業そのものが好きになれなければプロ、アマチュア関係なく演奏家という仕事は務まりません。
 
今、弾くのがたどたどしく一曲を仕上げるのに時間がかかると思っておられる方は、時間がかかってもその曲をなんとか理解したい、なんとか物にしようとしているわけですから幸いです。手間隙をかけることが大切であり、
手間と時間をかけ苦労の末に見えてきたものこそが音楽の本質の一端であり、こつこつと努力することがその芸術を理解する最短の道でもあります。僅かな才能など何の突っ張りにもなりません。
わずかな手間で一曲をでっち上げる安物のプロなど安易に見習うべきではありません。
 
それとも、表面的に安易に弾いて楽しむか(悪いとは申しません)、それを選ぶのはあなたです。IMG_20180515_084136_134