◎ 『フィデーリオ』、これはベートーベンの残した唯一のオペラ。私が最も好きなオペラの中の一曲です。この一曲でオペラ史がガラッと変わってしまっというほど画期的な作品でもあります。この作品を聴くことが無ければヴァーグナーが楽劇を書くこともなかったでしょうし、ヴェーバーの魔弾の射手も生まれなかったでしょう。
この音楽の持つメッセージ性、またそれによる迫力は凄いものがあります。その迫力はストーリーのシリアスさからくるというよりやはり音楽そのものの純度や緊張度によるものでしょう。聴く者や演奏者の魂を一気に精神の高みへと誘います。

私がこのオペラで好きなのはなんと言ってもまずは序曲、ベートーベンはこのオペラを3回書き直したので序曲も計4曲書きました。いわゆる“レオノーレ序曲”第1番から第3番までとフィデーリオ序曲の4曲です。これらはどれも素晴らしいのですが、良く演奏されるのは第3番序曲。この曲は演奏が超難しいことでも有名で特に指揮者泣かせの曲としても知られています。特に最後のコーダに入る部分は演奏者や指揮者を緊張の坩堝へと突き落とします。
その昔ヴィーンフィルの日本公演でベームが“エロイカ”のアンコールとしてこの曲をやったのですが、その時この部分で無茶苦茶になったのを覚えている方も多いと思います。最後の最後、プレスティシモになってからやっと持ち直しとても安堵した記憶があります。それにしてもアンコールで第三序曲とは無謀だと思いますがねえ!

第二幕冒頭で歌われるフロレスタンのアリアとそのすぐ後に歌われるレオノーレのアリア、この2曲はオペラ史上に燦然と輝く二大アリアだと思います。2曲共とても難曲で、テクニックではどうしようもできないそれ以上の何かがが要求される曲でもあります。
モーツァルトはオペラを作曲する時、まるで服の寸法を取るように歌手の技量に合わせて作曲したと言われますがベートーベンはそんなことまるで無視。歌の曲を作曲していることすら忘れている感があります。
これらの曲を聞くとベートーベンの次の言葉が思い出されます。
“霊魂が私に語りかけている時、君の下手くそなヴァイオリンについて私が心配するとでも思うのかい?”
これはヴァイオリニストのシュパンツィヒがベートーベンの弦楽四重奏曲の難しさについて不平を言った時のベートーベンの答です。

終わり