其ノ二
会場選び
これは舞台があるホール、とりわけ大きなホールには起こりやすい問題ですが、高い舞台があるため、観客と聴衆との一体感がなかなか得られにくくなり、作品(作曲家)、聴衆(聞き手)、演奏(演奏者)、という演奏の三要素の融合が成り立ち難くなるのです。
これは特に経験の浅い演奏者に起こりやすい問題です。
観客も舞台をただ眺めているだけ。演奏者は観客との隔絶感から、自分のことだけに必死になり、音楽を楽しむどころか緊張でガチガチにながら弾かざるを得ない、という音楽の理想とは掛け離れた場になりやすいのです。
観客にとっても、ただ傍観しているだけ、映画やテレビを観ているような感じなのでしょうが、経験の浅い演奏者には遠くから冷ややかに眺められているような心境(実際はそうでもないのですが)にならざるを得ない。この空気感は演奏する方にとって、それはそれは恐ろしいものです。
そのような会場に漂う独特の雰囲気は、演奏者の将来にとっては最大の弊害になってしまうのです。それでも子供にとっては意外と平気な場合もありますが、大人では強いトラウマになってしまうこともあります。こんな怖い思いは二度としたくない、人前で弾くなど二度とゴメンだ、ということにもなりかねないのです。私が教えたなかにも過去にそういう生徒がいました。痛恨のミス。
これでは何のために楽器を始めたのか分かりません。
とにかく、良い演奏会とは良い音楽、良い聴衆、それに後押しされた演奏者によって成り立つのです。演劇でもそうですね。
たとえ演奏の技術は拙くとも、聴衆が醸し出す雰囲気に後押しされ、素晴らしい演奏になったという例はいくらでもあるのです。実力以上のものが発揮されることもあります。そこで必要となるのが、そのような演奏を可能にしてくれる“場”(聴衆を含む)の重要性です。
しかし、そのような希望を叶えやすくしてくれる会場は、意外に少ないものです。
実際、高い舞台のあるホールで聴衆を引き付けることはアマチュアはもちろん、プロにとっても非常に困難な事なのです。
こんな環境で発表会などやる意味などあるのでしょうか。
またこの環境や雰囲気が客を気軽にその場から離れやすくしてしまうのです。これは弾く方にとってはショックなこと。弾きながら、客席を離れていくお客を目で追う時ほど、悲しいものはありませんから。
そこで私が発表会を開催するにあたって心がけて実践している方法は、出来るだけ舞台があるホールではなく、舞台のない平土間の会場を選ぶ、ということです。
それも会場の端で演奏したのでは意味がありません。それは舞台があるのと大差がないからです。
演奏者は会場の中央で演奏させます。聴衆は演奏者を取り囲むようにして聞きます。そして出来るだけ演奏者に近い所で聞いていただく。いわゆる“かぶりつき”の状態です。そのため会場は、固定式ではなく可動式の座席が絶対不可欠です。会場の都合上どうしても端で弾かなければならないのなら、少なくとも半円型か扇型に演奏者を取り囲みます。
舞台があったとしても出来るだけ低く、お客の息遣いや表情が感じられるほどの広さのホールを選びます。
でも、会場選びやセッティング以上にもっと大切なものがあります。
それは手作り感です。
つづく
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