其ノ八
お飲み物
美味い物天国福岡に住んでいた頃には全く好き嫌いが無くなり、むしろ食の奥深さを追求するほどになっていました。しかし私には福岡に来て初めて口にする物がまだありました。
それは何か?
焼酎です。
昨今焼酎ブームとか言われて久しいですが、私が九州にいた20代の頃、関西では焼酎を飲む人などあまり見かけませんでした。私などそれまで焼酎はどちらかと言えば酔っ払うことが目的の飲み物、特に甲類焼酎(焼酎には甲類と乙類があります)独特のあの匂いは鼻をつく消毒アルコールのイメージが強く、一般的にもランクがひとつ下の飲み物として認識されていました。乙類の方も関西ではまだまだマイナーな存在でした。ところが最近では豊かな味わいの乙類焼酎が全国どこの酒屋でも棚を賑わせています。甲類のような純粋のアルコールではなく 乙類の方は原材料のエキスが多く含まれているため複雑な味がするのですね。 甲類の方も相変わらず根強い人気はあり。コンビニの店先などで、夕方になると甲類焼酎のカップを片手に盛り上がっている“おっちゃん”達をよく目にします。
昔焼酎といえば九州だけの特産と思われがちでしたが、じつは全国どこにでも有るのです。美味しい水が出るところには酒だけでなく焼酎も産出されます。ただ知られていなかっただけです。
私が福岡で初めて飲んだ焼酎は今ではポピュラーな蕎麦焼酎“雲海”。これのお湯割りでした。
この味には衝撃を受けました。今まで頭にはインプットされていない系統の味、未知の味とでもいいますか、とにかく驚きました。蕎麦の香がスーッと鼻に抜けていく、あの快感はただただ驚きだけです。アルコールの回り方も速く、ビールやワインと違って、早く酔って早く酔いが覚める、あのフワッとした酔い心地はなんともいえませんね。
すぐ焼酎の虜になりました。
次に味わったのは芋焼酎“霧島”。焼酎がこんなにサツマイモの香がするものなのか、とにかく新鮮な感動です。関西では芋焼酎が苦手だという方が結構いますが残念なことです。みな匂いを嫌うのですが、あの香がいいのです。あの香が好きになれないというのは、やはり関西の食べ物との相性にもよるのでしょうか。
関西の薄味の食べ物にはやはり日本酒の方が合うのかも知れませんね。いやその土地の空気感の違いによって酒の味わいなど簡単に変わるものである。何でも現地で味わうべきだ。そう思いませんか?
故伊丹十三氏のエッセーには薩摩芋焼酎に合う食べ物はさつま揚げをおいて他にはない、と断言されているのを読んだことがありますが、九州独特の麦味噌で煮込んだ豚骨料理とか脂っこい料理は確かに芋焼酎には合いますね。ラーメン屋より多い博多の焼鳥屋では豚足の焼いた物がポピュラーなメニューですが、あのこってりした味わいも焼酎を美味しく飲むための知恵かも知れません。
しかし、あっさりとした魚の刺身も焼酎と共に美味しく食べることができます。鹿児島とか宮崎の“きびなご”の刺身を酢味噌で食べる食べ方、あれなど芋焼酎とは最高のマッチングですもんね!
その後、九州各地を仕事で回り、各地の焼酎を味わいました。
やはり地元の食べ物には地元の酒が合います。福岡では九州各地の焼酎が飲まれますが、福岡は米所ということもあり日本酒もよく飲まれます。黒田節で歌われるように、黒田官兵衛の重臣、母里太兵衛が福島正則の名槍日本号を大杯の酒を一気に飲み干し勝ち取った(飲み取った)話は有名ですが、その時彼が飲んだ酒は焼酎ではなくやはり日本酒でしょう。JR博多駅前には大杯と槍を持った母里太兵衛の銅像があります。博多の街を整備、発展させた官兵衛ではなく大酒を飲んで有名になった太兵衛(もちろん功績のあった人物ではあるのですが)であるところがいかにも酒飲みパラダイス博多という感じがして私は好きです。
同じような話がドイツにもあります。ローテンブルク オプデァタォバーという小さな街は昔々その昔、敵から攻められそうになりました。その時の市長はなんとかして街を救いたいと敵の所まで交渉に向かったのです。その時敵が出した条件は2リットルのワインを一気に飲み干せば街には攻め込まないという過酷なものでした。敵は絶対無理だと思って出した条件なのですが、見事その市長はその場で2リットルのワインを飲み干したのです。あっぱれ市長!街は無事救われました。今でもローテンブルクのマルクト広場の仕掛け時計搭からは、時が来ると市長の像がジョッキを持って出てきます。
なんとのどかな話ですね。
話が脱線してしまいました。
つづく
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