◎ 3 速い遅い?

レッスンをしていますとよく「まだそんなに速くは弾けないんですが…」と念を押してから弾き始める生徒が時々います。生徒にはいつも言っているのですが、私は演奏に意味のない速さなど全然求めてはいないのです。弾ける速さで弾いてくれるのが一番嬉しいです。
生徒としてはアレグロと書いてあれば絶対速く弾かないといけないと思っているようです。
恐るべき先入観の力!これから脱却するのは至難の技です。

よく考えてもみてください。アレグロとあれば、ただ単に速く、アダージョの文字が見えたら何も考えずに遅く弾く、では面白くもなんともないではないですか。芸術をやる意味もない。
お絵かきの時間に太陽は赤、山は緑、海は青で塗る幼児のようです。

楽譜からはもっと色々な表現の可能性を汲み取らなければなりません。

自分で練習する時にまず大切なことは、しっかり音符をあらゆる経験を駆使し音にしていくこと。
書かれた音符を純粋に音にしていく作業をしていくと、自然とアレグロなどの表情表示になっているものです。バロックや古典派音楽では時々速度感情表示がない曲もあります(お節介にも、校訂者が勝手に表示を書き込んでしまうということがよくありますが)。
そんな時、音符だけを頼りに弾いていくと、大抵皆同じような速さになっているものです。あれを見れば、まず音形が速さを決定付けているということが良く理解できるはずです。
この事を考えると、アレグロやアダージョなど作曲者が付けた表示の言葉は速度表示だけではなく感情表示でもあるという事がよく納得できるのです。

まず表示だけを見て弾いてしまうと、ただ速い遅いだけの演奏になってしまうことが多いもの。表示が速度のみの表示として意識に定着し、それが曲に対する先入観となってしまうからです。

いかにして先入観を取っ払うか、先入観にがんじがらめになっている生徒に対峙した時、どのように導くか、それは私に課せられた今後の課題でもあるのです。

終わり